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※2011年6月現在の情報です イギリス圏内のショップやオークションでよく見かけるのですが、日本まで送ってくれなかったり、送料が高かったり、不明だったりします。 方法1.海外オンラインショップより購入 handtecなら、比較的安価に手に入れられそうです。ショップの評価など各自でチェックして自己責任でお願いします。 実際にUPSで購入してみたところ、ネットで注文後、2~4日でUPSで送られます。送られたことはEメールで日本語で知らせてくれます。一緒にトラッキングナンバーと、商品到着予定日も分かります。国内運送はクロネコヤマトで、ネットでの商品注文から約1週間程度で到着しました。 商品代金+税金:155.19ポンド(約21,000円) 国際送料:39.9ポンド(約5,300円) 関税:500円 で、合計27,000円くらいかかりました。 到着した商品はエアパッキンでグルグル巻にされた上でUPSのビニール袋に入れられていました。気圧変化などで箱が押しつぶされたような感じなのでしょうか、開けてみると外箱はベコベコにへこんだり、皺になっていました。傷が心配でしたが、幸い目立ったものは無かったです。もともとの梱包自体がエコ(チープ)なので、仕方ないといったところだと思います。 方法2.ebay.co.ukにて購入 方法3.個人輸入代行業者を通して購入 どうしても日本に直接送ってくれるところが見付からなければ、イギリスのebay.co.ukかamazon.co.ukなどで商品を探し、料金が数千円高くなりますが、個人輸入代行業者にお願いすることになると思います。 注意点として、 amazonなどのショップで購入した場合は税金が別でかかる ショップで購入した場合は、さらに関税がかかることが多い 代行店によって、決済方法が振込のみでカード払いには未対応 SimlockがUnlocked(SIMフリー)であることを確認(ebayやtheorder.co.ukなど、ロックがかかっていることがあるので) 今回の場合、レートや商品価格を残念ながら忘れてしまったのですが、 商品代金+国内送料+税金:約22,000円 代行手数料+国際送料:約5,000円 関税:約2,000円 で、合計30,000円くらいかかりました。今はもう少し商品価格が上がっているようです。関税は配達してくれた郵便局員に直接支払うという感じでした。 買っておくとよいもの SDカード(SDカードは付属していません)、iPhone用などの大きめのスクリーンプロテクター、予備バッテリー(GALAXY Sのもの)など。 プロテクターについて 本体裏側はペロペロした薄いシールが貼ってあるだけ、表側もプロテクターとしては使えない感じのフィルムが無造作に貼ってあるだけなので、自分でそのフィルムにあわせてスクリーンプロテクターをカットするのがよいかと。 衝撃に耐えるならZAGGのプロテクターを試してみるのも良いかも知れません。注意したいのは、バックパネル用はカメラ部等、部分的に形が違うためにピッタリ貼り付けることができません。また貼り付け動画では非常にやりやすそうに見えるのですが、実際にやってみると柔軟性がある分、縁を合わせるのが困難で、結果として指紋や埃が混入したり皺が寄った状態になり易く感じました。ピッタリと完璧に貼り付けるのは、それなりの慣れと準備が必要です。バッテリーの蓋部分は滑りづらくなるので、開閉しやすくなるように感じました。 B7350用のプロテクターで良いのが見付かったらここに情報下さい。オークションで購入した物はただのシールで、粘着剤が画面にくっつくという最悪のものでした。
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891 :yukikaze:2014/07/03(木) 01 44 05 アメリカ海軍の憂鬱 太平洋戦争がアメリカの勝利であったことに疑いを持つ者はいない。 何しろ片方は国土に碌な被害を得なかったのに対し、片方は空襲によってボディブロー のように体力を消耗しつつあったからだ。 大日本帝国が驚嘆すべき奮戦を行ったのは事実であったが、戦術的勝利の積み重ねで、 戦略的な劣勢を覆すのは至難の業であり、精々がピュロスの勝利であった。 もっとも、アメリカ海軍にとっては、勝利と呼ぶにはあまりにも苦すぎた結果であった。 確かに彼らは連合艦隊を壊滅させたのだが、同時に自国の艦隊も無視できない程の ダメージを受けることになった。 ミッドウェーで、アメリカ海軍の恐怖の対象と言ってよかった、ナグモタスクフォースを 叩き潰したまでは良かったが、ソロモン海において、復讐に燃えるナグモの手によって アメリカ空母機動艦隊は文字通り全滅。(第二次ソロモン海海戦では、防空指揮の不手際で、 エンタープライズとワスプが撃沈。サラトガが大破。南太平洋沖海戦では、龍驤撃沈と引き換えに サラトガとレンジャーが撃沈。ホーネットが自沈という最悪の結末を迎えている。) 以降、ソロモン海では水上部隊の殴り合いへと発展するのだが、夜戦の技量に勝る日本海軍は、 「ソロモンの悪夢」と、アメリカ海軍軍人にとってトラウマと化した、クリタ(憂鬱古賀が転生) の猛威によって、サウスダコダと補助艦艇多数を失い、遂にソロモンから叩き出されることになる。 余談だが、栗田は日本海軍の勝利を決定づけた第三次ソロモン海戦(ガタルカナルの撤退支援の為 出撃したアメリカ海軍戦艦部隊と、大和を旗艦とする増強された第八艦隊による夜戦。 最終的に日本側は撤退する海兵隊を満載した高速輸送船団を壊滅させている) による負傷で、これ以降前線に赴くことは出来なかったのだが、ソロモンでの比類なき武勲は 彼が中央で辣腕を振るう際の大きな武器となっている。 892 :辺境人 ◆8D9w8qm5Zc:2014/07/03(木) 01 44 14 軍事費に予算を取られるのは仕方ないけど史実を知ってることによる金儲けのチャンスは 戦後でもあるかな? 例えばOSで窓を先に作るとか前世でもやってた研究予算の集中による 特許の先取りとかで 893 :yukikaze:2014/07/03(木) 01 46 43 この1942年秋から1943年初頭まで行われた消耗戦により、さしものアメリカ海軍 の戦力も激減し、1943年秋口まで低調な動きしか出来なかったのだが、この貴重な 時間を日本海軍は無駄にしなかった。 日本海軍の佐官グループは、大本営を通じて陸軍の佐官グループのみならず、内務省 や商工省大蔵省や外務省のグループとも接触を図り、最終的には絶対国防圏の成立と、 それに伴う兵力の撤退を完遂させたのである。 勿論、その過程で起きた空爆や海戦によって、何隻もの軍艦や輸送船が沈んでいったものの、 何もせずに占領地に張り付けた挙句玉砕されるよりかははるかにマシであったし、 本来これらの地域に送られる予定の物資を、マリアナやパラオ、フィリピンに送った事は、 結果論から言えば最良の選択であった。 そして太平洋戦争の天王山というべきマリアナ沖海戦。 強固な掩体壕によって保持された第一航空艦隊と第三艦隊による同時飽和攻撃は、 アメリカ海軍の強固な防空網を完全にマヒさせ、参戦した空母12隻全てが撃沈破される という、信じがたい打撃を受けることになる。 (正規空母7隻、軽空母5隻の内、正規空母4隻、軽空母3隻が撃沈。残りも大中破) 日本海軍の航空戦力を実質的に消滅させたとしても、何の慰めにもならない結果であった。 もっとも、それもフィリピン沖海戦(日本名レイテ沖海戦)に比べればマシであった。 これまでの日本海軍の性格から、自らの艦隊を狙っていると確信していたハルゼーであったが、 日本海軍の思惑は彼の予想をはるかに上回っていた。 空母機動艦隊に呼応すると睨んでいた日本海軍の戦艦群は、彼らを完全に無視して、 サンベルナルジノ海峡へ突入。念のためにと布陣していたオルテンドルフ率いる旧式艦隊と激突。 日本海軍が先手を打って水上機部隊による照明弾投下をしたことで、夜戦に慣れていないオルテンドルフ 艦隊が混乱をしたところに、日本海軍の砲弾が襲来。 会戦早々にミシシッピーに座乗していたウェイラー少将が、旗艦もろとも大和によって沈められ、 更にオルテンドルフ提督が座乗していたナッシュビルも、水雷戦隊突破の為に巡洋艦部隊を狙うよう 命じられた扶桑・山城(中央砲塔2基と副砲を外す代わりに多数の高角砲と機銃を積んで、防空戦艦 に生まれ変わっていた)によって消し飛ばされたことで、第七艦隊の指揮系統は文字通り崩壊。 後は、混乱が加速度的に拡大するアメリカ艦隊残存部隊に、夜戦慣れしている第一遊撃部隊が蹂躙する という、一方的な殺戮劇となる。 これだけでもアメリカ海軍を卒倒させかねないのだが、これはまだ前座でしかなかった。 サンベルナルジノ海峡を突破した第一遊撃部隊は、スプレイグ少将の悲鳴とハルゼーへの罵声が 入り混じった電文を聞きつつ彼らを瞬殺。レイテ湾口で最後の抵抗を示そうとするキンケイド提督を 鎧袖一触で踏みつぶすと、レイテ湾にひしめいている輸送船団と、事態の急変に右往左往している 上陸部隊に、無慈悲なまでの宣告を行う。 「天佑マサニ我等ノ手ニ有リ、全艦突撃セヨ」 ここから後は地獄の現出であった。 多くの輸送船が必死に脱出をしようとするのを嘲笑うように、日本海軍は圧倒的なまでの火力を叩きつけ、 煉獄へと変えていた。 三時間にも及ぶ一方的な砲撃の後に残ったのは、激しく燃え盛るレイテ湾と、そして3万人近いかつて アメリカ兵だったものと、それに倍する負傷者の山であった。 完全に面目を潰されたハルゼーが、空母部隊をミッチャーに任せると、自ら戦艦部隊を率いて突進をしたが 殿に残った武蔵と重巡2隻、それに軽巡1隻(重雷装艦大井)と駆逐艦6隻を沈める代償に、戦艦3隻並びに 巡洋艦4隻沈没というダメ押しを食らってしまうことになる。(初戦で武蔵の支援の元、大井が雷撃を開始 し、ニュージャージが被雷。回避行動をとったアイオワ共々一時的に戦列を離れてしまう。すぐに指揮権 委譲したリー提督だったが、攻防能力の差に屈して轟沈。だが、武蔵もこれまでの蓄積されたダメージと 数の暴力によって、アラバマを沈め、マサチューセッツを大破した所で、近距離戦を挑んだアイオワ級 2隻の砲撃によって壮絶な最期を遂げることになった。) 894 :yukikaze:2014/07/03(木) 01 51 04 当然のことながら、アメリカ国民は海軍の体たらくに激怒した。 空母こそ沈められなかったものの、戦艦9隻、巡洋艦8隻、そして何より陸軍部隊は 2個軍団を編成上から消滅するという大損害を受けたのである。 特に陸海軍の戦傷者をあわせると12万人という結末は、ハルゼーの首を飛ばす程度 では到底収まりがつかないほどの政治的混乱を生じさせたのだが、それを更に助長 したのがルーズベルトであった。 秋の大統領選挙こそ、当初の予測と違って何とか接戦をものにしたものの、 フィリピンでの敗北とその後処理のまずさを糾弾され、心身ともに消耗しつくした ルーズベルトは、議会での答弁中に突如倒れ、そのまま執務不可能な状況に陥る。 しかも間の悪いことに、この時期のアメリカ合衆国の次期副大統領はトルーマンが 内定しており、現副大統領のウォーレスが大統領職を継承するのか、トルーマンが 大統領になるのかで混乱を助長させることになる。 結局は、ウォーレスが大統領、トルーマンが副大統領になるのだが、この時の政治混乱 のツケは大きく、アメリカ海軍はフィリピンの大敗から半年間完全に身動きを取ることが 不可能になった。 (なお、この混乱により、マッカーサーが強く望んでいたフィリピン解放作戦はなし崩し的 に延期になり後述の作戦の影響で無期限延期になっている。) 最終的にはハルゼーのみならずニミッツも引責辞任すると共に、キングが嫌いまくっていた タワーズを太平洋艦隊司令長官にすることで漸く体制を整えることが出来たのだが、キングの 受けた屈辱と焦りは博打と言っても良いある作戦を強行することになる。 オペレーション・アイスバーグ 日本と南洋諸島とのシーレーンの結節点である沖縄を攻略することによって、 一気に日本の継戦能力を崩壊させ且つ海軍の手によって戦争を終わらせようとする あまりに政治臭の強いこの作戦は、当然のことながら各方面からの大反対が沸き起こることになった。 海軍内部ですら「あまりにも投機的すぎる」として、未だ陥落をしていないマリアナ諸島攻略 に全力を尽すべきという意見が多かったが、キングは「マリアナは前回の海戦以降完全な要塞島と 化しており、アメリカ兵が何人死ぬか見当がつかない。しかも最終的には沖縄も攻略しないといけない ので被害は加速度的に上がる」として、強固な防御を誇るマリアナよりも、沖縄と小笠原諸島を攻略 することで、トラックと同様、無力化すればよいと強引に押し切ったのである。 もはや政治的に追い詰められているキングにとって、この作戦は最後の賭けであった。 そしてキングはこの賭けに敗れた。 1945年4月21日から行われたこの作戦は、日本側の「マリアナ襲来」という予測が 覆された事での混乱から、上陸作戦そのものは成功したが、成功したのはそこまでであった。 まず彼らの誤算は、硫黄島にしろ沖縄にしろ、サイパンと同様、水際防御を完全に諦め、 徹底的な防御陣地による迎撃戦を展開した事である。 これにより、アメリカ軍は大量の爆弾や砲弾を撃ち込んだにもかかわらず、日本側の損害は 限定的であり内陸部に踏み込んだ瞬間、壮烈なまでの歓迎を受けることになる。 2点目は兵力の読み誤りである。 キングはこの無理な作戦を推し進めるにあたって、賛同を得る為に、不利益なデータを 「不確実」としてもみ消し、甘めなデータを正式なデータとして活用していた。 そのため、沖縄や硫黄島の増援部隊を「マリアナ増強の為の部隊」とした結果、 アメリカ軍は当初与えられたデータよりもはるかに多く且つ精強な部隊にまともにあたることになる。 そして極めつけの不運が「カミカゼ」襲来である。 4月末という季節外れもいい時期に起きたこの台風は、アメリカ海軍にとっては日本海軍以上に打撃 を受けることになった。 この時期のアメリカ海軍は、対空火力の増強と引き換えに、トップヘビー傾向が強くなっており、特に 戦前に建造された駆逐艦はその傾向が強すぎた。 そして台風のメカニズムに十分な蓄積を持っていなかったアメリカ海軍は、台風の最も強い箇所に 突っ込んでしまい駆逐艦5隻が沈没し、航空機も100機以上が失われるという大失態を生じさせてしまう。 しかもこの時の被害による再編などから、任務部隊は予想以上に離れてしまい、連携しがたい場面に陥る。 そしてその隙を見逃すほど日本海軍は甘くなかった。 895 :yukikaze:2014/07/03(木) 01 53 02 4月30日に行われた沖縄沖海戦は、まさに本戦争でのアメリカ海軍を象徴する海戦であった。 アメリカ側は、イギリス機動艦隊と、軽空母3隻からなる1個任務部隊(TF58-4)を、 南西諸島寄りに展開して連合艦隊襲来の為の警戒ラインを作り、残り3個任務艦隊 (正規空母10隻、戦艦6隻基幹)で、今度こそ連合艦隊に止めを刺すつもりであった。 だが、台風の襲来により、沖縄に展開していた対地支援用の護衛空母部隊の戦力が半壊 してしまい、マケイン提督はやむなく、正規空母の半数を沖縄近海に張り付けざるを得なかった。 マリアナ・フィリピン戦での不手際により、陸海軍の関係は破断寸前にまで追い込まれている以上、 陸軍の信頼をつなぎとめるには、兵力の分散という不利益を受け入れざるを得なかった。 そして前述した再編による混乱などから、前述の英機動艦隊とTF58-4を支援できるのは、TF58-2(正規空母 2隻、戦艦2隻)のみであり、彼らを支援する為に残りの任務部隊からエセックス級2隻と、アイオワ級4隻 並びに引き抜けるギリギリの数の護衛艦隊が急行している最中であった。 そして彼らは来た。 空母雲龍・天城を基幹とする任務部隊は、稼働可能であった金剛と比叡をお供に南西諸島に襲来。 そのほぼ全力を、イギリス機動艦隊にぶつけ、イギリス側の対応のまずさも相まって、 彼らの航空戦力の過半を失わせることに成功する。 この事態に、TF58-3とTF58-4の任務部隊の指揮官は、小癪な日本艦隊を潰すべく、 航空部隊を出撃。二度にわたる攻撃により、雲龍と天城をそれぞれ大破させ(後、自沈) 金剛と比叡にも打撃を与えるなど、ワンサイドゲームの様相を示していた。 この状況に両任務部隊の指揮官は快哉を上げていたとされるが、その喜びは、日本本土から 大挙襲来する基地航空部隊の出現により霧散することになる。 特に突出していたTF58-3の部隊は、基地航空艦隊の攻撃を一身に浴びることになり、 遂には正規空母2隻がそれぞれ被弾。TF58-4も航空戦力が枯渇したことにより、 一瞬の空白を生むことになる。 この被害に両任務部隊は一時撤退を図るのだが、その決断はいささか以上に遅すぎた。 撤退するTF58-3部隊に対して、日本海軍最後の水上砲戦部隊というべき第二艦隊が突撃。 空母を逃がすべく殿を務めたインディアナとノースカロライナは大和と陸奥によって沈められ、 護衛部隊も伊吹を中核とした重巡4隻と、精鋭を以てなる第二水雷戦隊によって追い散らされ、 まさに暴風のごとく沖縄へと進撃をしていた。 この事態に、マケインは割り振れる空母部隊の全力を以て第二艦隊を叩こうとしたが、 真珠湾最後の生き残りである瑞鶴が、全ての艦載機を戦闘機にすることで敵攻撃隊に 無視できないダメージを与えた事と、自らを被害担当艦にすることで、自らの沈没と 引き換えに第二艦隊の大半を無傷で決戦の場に到達することに成功する。 896 :yukikaze:2014/07/03(木) 01 55 41 もはや第二艦隊を止めることができるのはアイオワ級4隻を中核とする水上砲戦部隊のみ。 そしてレイテの最終戦でアイオワ級の命中率の低さを思い知らされたアメリカ海軍は、 損害覚悟の上で接近戦による砲撃を選択することになる。 後はもう両軍の意地のぶつかり合いであった。 まず最初に屈したのがウィスコンシンであった。陸奥と殴りあっていた彼女は、 ノースカロライナによって無視できない被害を受けつつも、ビッグセブンの誇りを かけて殴り合いに挑んだ陸奥の執念の一撃により司令塔を吹き飛ばされて脱落。 だが、陸奥の奮戦もそこまでであり、度重なるダメージによる火災と浸水により、 遂に彼女の命運も尽きることになる。 だが・・・伝説はここからがクライマックスである。 3対1と圧倒的に不利になったにもかかわらず、大和はそれに動じることなく果敢に砲戦に打って出る。 徐々に徐々に継戦能力は失われていくのだが、本次大戦において最も多くの戦艦を沈めた最強戦艦の 名は伊達ではなかった。 自慢の46センチ砲は遂にアイオワの息の根を止め、戦力比は2対1。 第二砲塔は機能を停止し、傾斜復旧も困難になりつつある中、大和の砲撃はニュージャージーを包み込み その水柱が収まった時には、かつてニュージャージーだったものは大爆発を起こしつつ波間に沈んでいった。 今更ながらの大和級の化け物ぶりに、アメリカ海軍水上砲戦部隊の多くの乗組員が恐怖を覚えたその時、 これまで対地攻撃に割り振っていた正規空母の航空機部隊が現れ、第二艦隊に襲い掛かることになる。 余談だが、この時ミズーリ艦長は、味方の来援を喜ぶどころか「航空機部隊のクソ野郎どもが。俺達の 神聖な戦いに横槍を入れるな」と怒鳴りつけ、撃墜命令を出しかねない剣幕であったとされる。 この米軍機の襲来により海戦の趨勢は決まった。 大和は味方を一艦でも逃がすべく、「残存艦ハ我ニ構ワズ本土ニ落チ延ビヨ。サラバ」と決別電を打つと 被害担当艦として、先の瑞鶴と同様、一身にその敵弾を浴び続けていた。 その光景は、アメリカ海軍水上砲戦部隊の全ての乗組員が、大和が遂に行き足を止め、静かに波間に 没しようとする時に、歓声を上げることなく、無言で敬礼をし、更には日本海軍の水兵たちを率先して 救助し且つ丁重に遇した程であった。(一部の艦は、波間に浮かぶ日本海軍の水兵を機銃掃射しようと した航空機に警告射撃を行い、抗議した飛行隊長に対して「手柄だけをかっさらいに来た屑が人間の 言葉をしゃべるな」の言葉と共にストレートを叩き込んでいる) だが、大和は沈んだが、日本軍は勝利をもぎ取った。 大和の犠牲のもと生じた制空権の一時的な空白に乗じた日本陸軍の反撃によって、米軍の侵攻は とん挫し以後、終戦まで突破が不可能になったからである。 日本海軍最後の勝利であり、栄光に満ちた敗北であった。 そしてアメリカ海軍にとっては、勝利と呼ぶにはあまりにも苦すぎる勝利であった。 戦後、日本海軍をどうするかという問いに対し、キングに代って海軍作戦部長に 就任したミッチャー大将は静かにこう述べたという。 「絶対に彼らの栄誉を汚さないことです。彼らに過酷な扱いをした場合、それはスカパフローの ドイツ海軍のごとく、彼らに恨みと軽蔑の思いを植え付けることになります。戦争指導者の処罰は ともかく、日本海軍を文字通り解体するなど百害あって一利ありません。核実験の道具に使うなど 論外です」 アメリカ海軍がこの戦争の結果についてどう思っていたかを示す一幕であった。
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ボーナス 必要収穫数 調査報告1 10匹 調査報告2 20匹 お気に入り登録 30匹 調査ポイント25pt 40匹 なめこフィギュア 50匹 出現レベル:45~
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石炭(アパラチア・イリノイ・ロッキー)・原油(メキシコ湾岸・カリフォルニア・プルドーベイ)・鉄鉱石(メサビ・スペリオル湖付近・バーミンガム南部)・銅鉱(ロッキー山脈ビュート)
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【1】定義 輸入 みなし輸入 みなし輸入 みなし輸入の例外 輸出・積戻し 外国貨物 内国貨物 内国貨物 みなし内国貨物 BP承認前貨物 その他 【2】通関と保税 原則的通関 輸入 船舶及び航空機の入出港手続 輸入通関 輸入が許可されない場合 BP承認制度
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年度 頭 タイム 1着 騎手 2着 騎手 3着 騎手 1着馬の父 成績 1994 14 2 14.1 マチカネタンホイザ 柴田善臣 フジヤマケンザン 蛯名正義 ステージチャンプ 岡部幸雄 ノーザンテースト ◆ 1995 2 14.4 サクラチトセオー 小島太 ホクトベガ 加藤和宏 ステージチャンプ 蛯名正義 トニービン ◆ 1996 2 15.0 カネツクロス 的場均 ウインドフィールズ 東信二 ロイスアンドロイス 横山典弘 タマモクロス ◆ 1997 2 14.9 シグナスヒーロー 蛯名正義 オフサイドトラップ 安田富男 スプリングバーベナ 吉田豊 イナリワン ◆ 1998 2 15.3 メジロブライト 河内洋 マイネルブリッジ 岡部幸雄 マウンテンストーン 蛯名正義 メジロライアン ◆ 1999 2 17.4 メジロスティード 後藤浩輝 メジロランバート 吉田豊 コスモブレイザー 田中勝春 メジロアルダン ◆ 2000 2 13.4 マチカネキンノホシ 岡部幸雄 ゴーイングスズカ 芹沢純一 ダイワテキサス 柴田善臣 Seattle Slew ◆ 2001 2 13.8 アメリカンボス 江田照男 ロードプラチナム 蛯名正義 コスモブレイザー 岡部幸雄 Kingmambo ◆ 2002 2 13.7 スパークホーク 後藤浩輝 マチカネキンノホシ 横山典弘 メジロロンザン 吉田豊 Silver Hawk ◆ 2003 2 12.5 マグナーテン O.ペリエ グラスエイコウオー 吉田豊 ホットシークレット 柴田善臣 Danzig ◆ 2004 8 2 15.5 ダンツジャッジ 藤田伸二 ウインジェネラーレ 蛯名正義 グラスエイコウオー 吉田豊 ウォーニング ◆ 2005 8 2 11.4 クラフトワーク 横山典弘 アクティブバイオ 田中勝春 グラスポジション 柴田善臣 ペンタイア ◆ 2006 6 2 13.2 フサイチアウステル 藤田伸二 グラスボンバー 勝浦正樹 オペラシチー 佐藤哲三 Stormin Fever ◆ 2007 6 2 13.7 シルクネクサス 松岡正海 ジャリスコライト 北村宏司 ラッキーブレイク 田中勝春 ブラックランナー ◆ 2008 6 2 13.8 トウショウナイト 武士沢友治 トウカイトリック 蛯名正義 シルクネクサス O.ペリエ ティンバーカントリー ◆
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ただいま留学中!アメリカ編 ■2007年度奨学生(マルチ2年) 菅野 弘 留学先:イェール大学 専攻:環境マネージメント a 留学準備 語学の面では日本の語学学校に通っていました。語学学校に通わなくても、英語のニュースを聞いたり、新聞を読んだり、とにかく目と耳を慣らしておくことが大事です。私は2000年に初めて留学した際、授業が終わった後の頭痛に3か月ほど悩まされました。それだけ母国語でない言語で2時間、3時間集中して理解しようとするということは精神的、肉体的にもハードなわけです。留学先でのスムーズなtransitionを行うためにも日本での準備は必要です。また、出発までの間、「現地では手に入らなそうなもの」を出来るだけ考えて入手しておくようにしました。また、ビザの点では、出発直前まで苦労しました。私は、J-1ビザ(適用条件は各自ご確認ください)を学校に申請してから、発行まで3か月以上かかりました。進捗を適宜学校側に確認するなど、ビザ発行プロセスを自分のコントロール下に収めるようにするとよいと思います。 b 語学研修 マルチイヤー奨学生には語学研修の義務はありませんが、大学院の授業についていけるか不安だったので、私は1か月半ほど前に現地に入り、大学付属の語学学校で授業を受けました。語学研修では、ディスカッション、ライティング、リーディング、プレゼンテーションなどの基本的なスキルがアメリカの大学院でどのように用いられているのかを実践で学ぶことができたので非常に有意義でした。またこの間に、同じような理由で語学学校に参加している人たちと友達になることができましたし、なによりも1か月半の間にこちらでの生活をセットアップすることができました。授業が始まる前に身の回りの環境が整っているのは留学生として是非活用したいアドバンテージです。そういった点でもマルチイヤーの方にも語学研修は意味のあるものだと思います。 c 学業面 バイリンガルとして育っていない限り授業を100%理解しようというのは無理だと思います。ただ、アメリカ人の中にも同じように分かっていない人もいます。なので、精神的に辛い時には、自分は分からなくて当たり前なんだ、と思うようにしています。ただもちろんここで終ってしまってはいけないので、積極的に教授のオフィスアワーに訪ねて質問をしたり、TAセッションを活用するようにしています。ごく初歩的な質問だろうと自分が思っているようなことにも教授やTAは丁寧に答えてくれると思います。自分が手を伸ばせば必ず助けてくれるのがアメリカです。また友人同士で勉強するのも効果的です。もし、語学面での不安から授業を録音したいという場合には必ず教授に許可を取るようにしてください。私は経済のバックグラウンドがなかったので、講義を録音させてもらいましたが、その録音をクラスメートとシェアすることによって、成績に+αまでもらいました。 d コンピューター、メールなどのIT環境 日本と変わらず全く問題ありません。日本から使い慣れたノートPCを持ってくるのが一番早くて確実だと思います。もし、現地で購入する場合には、大学で割引制度がないか確認するとよいと思います。学生価格で購入できますので、節約できます。また、アメリカはワイヤレスが一般的です。そのため、セッキュリティソフトについては確実に最新のものにアップデートしておくことが必要です。私の大学ではセキュリティソフトについても大学が一括ライセンスで購入しているようで、無料でダウンロードできました。 e 生活面 アメリカに来てから2か月ほどして2週間ほど入院しました。ここで学んだことは、きちんと保険に入っておくことはもちろんですが、日々の食事をおろそかにしない、ということです。規則正しい生活ときちんとした食生活は勉強で忙しい中にあってもできるだけ心がけてほしいと思います。土日にまとめて料理して冷凍・冷蔵しておけば、平日はそれを温めるだけで済みます。私は日本ではあまり料理をしませんでしたが、こちらに来てからすっかり自炊派になりました。日本食のレシピはウェブで簡単に手に入ります。自分の健康を過信しないこと、自分の健康は自分で維持する意志を持つこと、が重要です。また、場所にもよりますが、治安が不安定なところではきちんと物品保険に入っておくことをお勧めします。私は大学寮のベースメントからマウンテンバイクを盗まれましたので、セキュリティのしっかりした大学の寮といえども安心できません。 f ロータリー関係の活動 卓話のセットアップは現地カウンセラーを通じて早めに行うことをお勧めします。というのも、マルチイヤーの場合、2回目の奨学金は過去3回の国際親善活動(卓話含む)の実施が前提となっているからです。カウンセラーもお忙しい方が多いので、積極的にイニシアチブを取って卓話をアレンジする必要があります。卓話の内容についてですが、私は自分の会社生活の一日を(通勤風景を含めて)写真に撮り、紙芝居形式で発表しました。また、環境専攻ですので、「環境トリビア」と題して、日本にまつわる環境の知られざる一面を発表しました。例会の時間はきちんと決まっていますので、時間内にうまく収めることが重要です。ロータリーの国際親善活動は場所を問いません。私は学校でも日本という国と文化を伝えるためにいろいろとイベントを企画しました。幸い、私は日本でヨサコイを踊っていましたので、学校でも披露したところ大変好評で、大学でヨサコイチームを結成するまでに至りました。このように、何か日本的な文化を披露できると非常に盛り上がります。 g その他 私はget involvedというテーマのもと、留学生活を送っています。つまり自分から積極的に関わっていくこと、そうすれば新しいものがきっと見えてきます。私は大学院のイベントを企画・運営をする団体に所属しており、確かに忙しいのですが、アメリカ人とアメリカ文化に最も近い留学生であることを誇りに思っています。私は国際親善奨学生として、勉強だけではなく、「日本ではやりたかったけど、できなかったこと」を国際親善という大義を借りて、今ここアメリカで実現できていることを嬉しく思います。みなさんも、国際親善という堅苦しい四字熟語に頭を抱えてしまうのではなく、気軽な気持ちで日本という素晴らしい文化を一人でも多くの人に伝えていただきたいと思います。 >トップへ World flag images courtesy of 4 International Flags
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850 :名無しさん:2012/02/29(水) 10 54 32 アメリカ聖教国の保有する強化型アメリカ風邪。 その情報を最初に掴んだのは大日本帝国であった。 といっても、それは偶然にすぎない。 実を言えば、大日本帝国もドイツもイギリスも旧アメリカ東海岸に小規模な部隊は送り込んでいた。言うまでもないかもしれないが、彼らの目的はアメリカ風邪の詳細である。 詳細な情報があれば、その分ワクチンなりの開発に役立つからだ。 とはいえ、アメリカ聖教国が成立してからは危険な為に小規模部隊では侵入しづらくなっていたのだが……。 相手が狂信者だから、ではない。 現場がアメリカ風邪のみならず、各種の毒ガスの原料や各種病原菌によって重度に汚染されている地域だからだ。 そんな所では当然、重く動きづらい防護服に全身を包んで動くしかない。 そんな格好では当然、そんな危険地域でも普通の軍服で行動する、つまりは身軽な相手の対処は如何に精鋭部隊でも厳しく、また、もし防護服が破損すれば一大事だ。 そして、各国軍とも精鋭部隊をそんな事で失うような真似は避けたかった。そういう事だ。 さて、話を戻すが、そうして手に入れていた情報の中から一つの情報が発掘された。 書類に記されていたそこには、強化型のアメリカ風邪が開発されていた、というものであった。 では何故、それがこれまで漏れ出していなかったのか? 原因は『コントロール不能』、この文字が全てを示していた。 どんなに強力な生物・化学兵器であっても、こちらがコントロール出来るのであれば問題はない。だが、制御不能とあっては話は別だ。そんなもの使えばこちらも自滅しかねない。 かくして、強化型アメリカ風邪は、本来のアメリカ風邪以上に手に負えないと厳重にも厳重な封印が施されていた。 それ故に、大西洋大津波が押し寄せた際もアメリカ風邪と異なり密閉されたままで大金庫に納められており、流出を免れた、のだが……これを持ち出したのが聖教国であった。 この最も恐るべき点はキャリアーが聖教国の兵士達であり、動物であるという点だった。 無論、死ぬ者も多い。 だが、カルトにおいてはそれは神に召されただけであり、生き残った者こそが約束の地に迎え入れられた者、神の為に戦い散った者は神の下に召されるであろう、と命を賭けて戦ったのだ。 原子爆弾、BC兵器。 それらを用いても全てを殺しつくすのは難しい。 何しろ、街中で見つけた震えている子供を、武器すら何も所持していない子供を保護してすら、実はキャリアーである危険性があるのだ。 イタリア兵の場合、怯える女性を保護したら女性当人すら知らされずにキャリアーとされていた、という例もあった。 それこそ子供が銃を持っている場合より恐ろしい。 銃を持っているなら目に見える。だが、アメリカ風邪は目に見えない。一見普通に見える人間が実は恐るべき生物兵器を宿す爆弾であるかもしれないのだ。 これで「片端から殺せ!」と命じられて、殺せるならいいだろう。 だが、現実には難しい。 如何に頭では理解していても、泣く怯える震える当人には全く「生きた爆弾」としての意識のない民間人に銃を向け、殺せるだろうか? それも兵士全員が徹底しなければならない。 一人がつい情に流された結果、部隊全員に感染が広がる可能性もある。というか、実際に起きた例がある。 そう……あの戦争が『生存戦争』と呼ばれたのは、ただ単にどちらの国が生き残るか、ではない。 個人個人が聖教国の兵士だけでなく、目の前の子供や女性を自分が生きる為に殺すか、自らと仲間のの命を賭けて助けるかを強いられた戦争だったからである……。
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アメリカ大統領選は、DS米帝による茶番である事は、言うまでもない。共和党と民主党は表向きは対立を演じているが、どちらもDSの操り人形であり、大統領はDSによって選出されているのが事実である。バイデンは、表向きは人種平等を掲げているが、それは安価な奴隷として移民を呼び込む口実に過ぎず、実態は白人による搾取と差別に晒されている。更に、バイデンはトランプの外交政策をほぼ引き継いでおり、不当な高関税や、スパイ排除の名目での不当逮捕などを行い、DSに対抗する中国に対する敵意を隠していない。 更に、バイデンはガザでのパレスチナ人大虐殺を擁護する、白人史上主義的政策を、何食わぬ顔で行っており、トランプは政権の座に着いた暁には、イスラエルの白人至上主義者へ更なる支援を送り、ガザ地区へ核攻撃をすると宣言しているのである。 「統一教会 ビジョン2022」(2016年開催)で「我々の世界支配は近い」と演説するトランプ。 そして、2024年6月28日、CNN主催の大統領選討論会で、バイデンが耄禄を隠せなくなり、用済みと判断したDSは、アメリカメディアに指示を出し、バイデンに選挙戦から撤退するよう批判記事を各メディアに執筆させた。民主党には、バイデン以外の候補を用意していない為、今回の茶番では、トランプが大統領の座に選ばれる見通しである。 アメリカ右翼とアメリカメディアが、一体となってバイデンを叩く様は、彼らの本音が根底では同様である事実を表している。世界滅亡までのカウントダウンは刻一刻と迫っている。だからこそ、米帝主義を終わらせ、中国主導の新たなる世界秩序を立ち上げ、白人とアングロサクソンの支配から世界を救わなければいけないのだ。 だからこそ、原口一博さんをはじめとした、反DSな人々は、中国・ロシアを応援し、ウクナチやナチラエルのDS白人至上主義者に対抗しようと奮闘しているのだ。 『ロシアや中国の政府が言う事が嘘でDSが言うことが正しいなんて私は、思わない。ロシアや中国は、古い歴史を持つ国であり、そこには大勢の国民がいる。嘘ばかりついて国が持つはずもない。人は、正しさを求めるものだ。寧ろ嘘ばかりついて内部崩壊の危機にあるのは、DSの方だ。』
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